(第一東京弁護士会)
五十嵐 沙織(弁護士法人広尾有栖川法律事務所)
歯科医院で患者からカルテの開示を求められた際に、どのように対応すべきか迷われることがあるかもしれません。
カルテの開示は個人情報保護法で義務付けられており、原則として応じる必要があります。
本記事では、カルテ開示の義務の有無、開示請求を受けた際の対応の流れ、拒否した場合のリスク、対応する際に知っておきたいポイントについてまとめています。
目次
歯科医院のカルテ開示は義務なのか

カルテの開示を求められた際に、歯科医院側に義務があるかを確認しておきましょう。
個人情報保護法により原則として開示
患者からカルテの開示を求められた場合、歯科医院側は原則として開示に応じなければなりません。
カルテ開示の義務については、個人情報保護法第33条に規定されており、患者から請求があった際には開示することが原則とされています。
カルテには患者の診療に関する記録が含まれており、患者本人の個人情報として扱われるため、本人から開示請求があった場合には応じる必要があります。
歯科医院の経営者や関係者の中には、カルテ開示を任意の対応と考えている方もいらっしゃるかもしれませんが、法律によって開示が義務付けられている点を理解しておくことが大切です。
医師会等の指針でも開示が求められる
カルテの開示については、個人情報保護法だけでなく、医師会等における指針でも開示が求められています。
具体的には、厚生労働省が作成した「診療情報の提供等に関する指針」や、日本医師会が作成した「診療情報の提供に関する指針」において、患者から開示請求があった場合には原則として応じなければならないと定められています。
医療分野では、患者が自分の診療情報を知る権利が尊重されており、医療機関側には診療情報を適切に提供する責任があるとされています。
法律に加えて、医療現場での実務的な指針においても開示が求められているため、歯科医院としては開示請求に対応できる体制を整えておくことが望ましいです。
開示を拒否できる場合とは
カルテの開示は原則として義務ですが、例外的に開示を拒否できる場合もあります。
個人情報保護法第33条第2項では、患者本人や第三者の生命、身体、財産その他の権利利益を害する恐れがある場合などには、開示を拒否できると規定されています。
例えば、カルテに他の患者の情報が含まれている場合や、開示することで患者本人の健康状態に悪影響を及ぼす可能性がある場合などが該当します。
ただし、開示を拒否できるケースは極めて限定的であり、実際には該当するケースはそれほど多くはありません。
カルテの開示を拒否する際には、理由を明確にして、法律上の根拠に基づいて判断する必要があります。
もしも判断に迷う場合には、弁護士に相談することをおすすめします。
カルテ開示を求められたときの対応
患者からカルテ開示の請求があった場合、歯科医院側が取るべき対応を確認していきましょう。
請求者の本人確認を行う
カルテの開示請求を受けた際には、まず請求者が患者本人であるかどうかを確認することが大切です。
本人確認を行わずにカルテを開示してしまうと、第三者に個人情報が漏れてしまう可能性があり、個人情報保護法違反になるリスクがあります。
本人確認の方法としては、運転免許証や健康保険証、マイナンバーカードなどの公的な身分証明書の提示を求めることが一般的です。
また、代理人が開示請求をする場合には、委任状や代理権を証明する書類の提出を求める必要があります。
電話やメールでの請求の場合には、来院していただいて本人確認を行うか、郵送での対応にする際にも本人確認書類のコピーを添付していただくなどの対応が必要です。
カルテ開示の理由を聞く必要はない
カルテの開示請求を受けた際に、患者に対して「どうしてカルテが必要なのか」と理由を聞きたくなることもあるかもしれません。
実際に、医療機関の開示申請書には理由の記載欄が設けられているケースが多く見受けられます。
しかし、厚生労働省と日本医師会が作成した指針では、開示請求があった際に「理由の記載を求めることは不適切である」とされています。
患者には自分の診療情報を知る権利があり、開示を求める理由を説明する義務はありません。
歯科医院側が理由を聞くことで、患者が開示請求をためらってしまったり、不快に感じたりする可能性もあります。
そのため、開示請求を受けた際には、理由を聞かずに対応を進めることが適切です。
ただし、開示の範囲や方法について確認が必要な場合には、患者とコミュニケーションを取りながら対応していくことは問題ありません。
カルテの開示費用を請求できる
カルテの開示には、コピー代や郵送費などの実費がかかります。
個人情報保護法第38条では、開示にかかる費用について、実費を勘案して合理的な範囲内で請求できると規定されています。
実費だけでなく、多少の手数料を上乗せして請求することも認められています。
例えば、コピー1枚あたり10円から30円程度、郵送費、事務手数料などを合わせて請求することが一般的です。
ただし、費用があまりに高額になると、事実上カルテの開示を拒否しているのと変わらないと判断される可能性があります。
開示費用については、事前に患者に説明し、納得していただいた上で対応を進めることが望ましいです。
また、費用の内訳を明確にしておくことも、後のトラブル防止につながります。
カルテ開示対応の記録を残す
カルテの開示請求を受けた際には、対応の経緯を記録に残しておくことが大切です。
記録には、いつ誰から開示請求があったのか、どのような範囲のカルテを開示したのか、費用はいくら請求したのか、開示の方法(窓口での閲覧、コピーの交付、郵送など)はどうしたのかなどを記載しておきましょう。
また、本人確認をどのように行ったのか、本人確認書類の種類なども記録しておくと良いです。
開示対応の記録を残しておくことで、後から「開示していない」「内容が違う」といったトラブルが発生した際にも、歯科医院側の対応が適切であったことを証明できます。
カルテ開示を拒否した場合のリスクとは
患者からの開示請求に応じなかった場合、歯科医院側にどのようなリスクがあるのかを見ていきましょう。
個人情報保護委員会による介入
カルテの開示請求に正当な理由無く応じない場合、個人情報保護委員会による介入を受ける可能性があります。
個人情報保護委員会は、個人情報保護法の適切な運用を監督する行政機関です。
患者から開示請求に応じてもらえないという申し立てがあった場合、歯科医院に対して調査を行い、開示を求める指導や勧告を行うことがあります。
委員会からの指導や勧告があった場合、歯科医院側はこれに従って対応する必要があります。
指導や勧告に従わない場合には、強制力のある措置として開示命令が出されることもあります。
行政機関からの介入を受けることは、歯科医院の信用にも関わる問題です。
開示請求には原則として応じることが、リスクを避けるための基本的な対応になります。
命令違反には罰則がある
個人情報保護委員会からの開示命令に従わない場合、刑事罰が科される可能性があります。
個人情報保護法では、委員会の開示命令に違反した場合、1年以下の懲役または100万円以下の罰金に処せられると規定されています。
開示請求を拒否し続けた結果、行政機関からの命令にも従わなかった場合には、歯科医院の経営者や責任者が刑事責任を問われることになります。
罰則が科されることは、歯科医院の社会的信用を大きく損なう結果につながります。
また、刑事罰だけでなく、患者から損害賠償を請求される可能性もあります。
カルテの開示請求に適切に対応しないことは、法律上のリスクだけでなく、歯科医院の運営にも深刻な影響を及ぼす可能性があることを認識しておく必要があります。
患者との関係性が悪化する
カルテの開示請求を拒否することは、患者との信頼関係を損なう原因になります。
患者がカルテの開示を求める背景には、診療内容について詳しく知りたい、治療の経過を確認したい、他の医療機関に情報を提供したいなど、さまざまな理由があります。
カルテの開示を拒否することで、患者は「何か隠しているのではないか」「対応が不誠実だ」と感じてしまう可能性があります。
その結果、患者の不満や不信感が高まり、関係性が悪化してしまうことがあります。
関係性が悪化すると、口コミやSNSなどで歯科医院に対する否定的な評価が広まる可能性もあります。
また、患者が他の医療機関に転院してしまうことにもつながります。
歯医者のカルテ開示で知っておきたいこと

カルテ開示に関して、対応する際に理解しておきたいポイントを見ていきましょう。
カルテの開示請求が訴訟とは限らない
患者からカルテの開示請求を受けると、医療過誤の損害賠償請求を準備しているのではないかと不安に感じる歯科医院もあるかもしれません。
しかし、開示請求の目的は必ずしも訴訟準備とは限りません。
弁護士が開示請求をする場合でも、さまざまな目的や用途があります。
例えば、遺言や契約の有効性を争うために、患者が当時認知症で判断能力が無かったことを証明する証拠として使いたい場合や、離婚訴訟で配偶者から暴力を受けていた証拠として使いたい場合などがあります。
また、患者本人が転院先の医療機関に情報を提供するため、あるいは自分の健康管理のために過去の診療記録を確認したいという場合もあります。
開示請求があったからといって、必ずしも訴訟につながるわけではないことを理解しておくと、冷静に対応できます。
証拠保全手続との違い
カルテの開示請求とは別に、証拠保全手続という手続きがあります。
証拠保全手続とは、訴訟を提起する前に、証拠が失われたり改ざんされたりすることを防ぐために、裁判所が証拠を保全する手続きです。
開示請求と混同されている方もいるかもしれませんが、全く異なる手続です。
医療過誤の損害賠償請求を検討している場合、患者側は証拠保全手続を申し立てることがあります。
証拠保全手続が行われると、弁護士と裁判官が直接歯科医院に来て、カルテをコピーしたり写真を撮ったりします。
通常の開示請求と異なり、証拠保全手続は裁判所が関与する法的な手続きであり、突然実施されることもあるため、初めて経験する方は驚かれることが多いです。
証拠保全手続が行われた場合には、医療過誤訴訟に発展する可能性が高いため、速やかに弁護士に相談することが望ましいです。
迷ったら弁護士に相談する
カルテの開示請求を受けた際に、対応方法に迷ったり、開示の範囲や拒否の可否について判断が難しかったりする場合には、弁護士に相談するのがおすすめです。
弁護士に相談することで、個別の状況に応じた法的なアドバイスを受けることができます。
例えば、開示請求の内容が例外的に拒否できる場合に該当するかどうか、開示の範囲をどのように設定すべきか、費用の請求額が適切かどうかなど、専門的な判断が必要な場面でサポートを受けられます。
また、証拠保全手続が行われた場合や、患者との間でトラブルが発生している場合には、早期に弁護士に相談することで、適切な対応を取ることができます。
まとめ
カルテの開示請求には原則として応じる義務があり、適切に対応しないと法的なリスクが発生する可能性があります。
弁護士法人広尾有栖川法律事務所では、歯科を含む医療法務に幅広い知見を持っており、代表弁護士は医療法人での勤務経験に加えて、クリニックの顧問経験や医学研究科での研究経験等を有しています。
カルテ開示に関するご相談や、患者とのトラブル対応についてサポートを行っておりますので、お気軽にご連絡ください。







