(第一東京弁護士会)
五十嵐 沙織(弁護士法人広尾有栖川法律事務所)
歯科医院で診療をしていると、患者から治療費の返金を求められることがあるかもしれません。
治療結果に満足できなかった、説明が不十分だったと感じた、急な引っ越しで治療を続けられなくなったなど、患者さんが返金を希望する理由はさまざまです。
返金に応じるべきかどうかを判断するには、契約書の内容、説明義務が果たされていたか、治療の進行度、医院側の対応など、いくつかのポイントを確認する必要があります。
また、トラブルを未然に防ぐための対策も欠かせません。
本記事では、歯科医院が患者さんから返金を求められた場合の対応方法や判断基準、トラブルを未然に防ぐためのポイントについて解説します。
目次
歯医者が治療費の返金を求められるケースとは

歯科医院を経営していると、患者から治療費の返金を求められる場面に直面することがあります。
返金を求められる理由はさまざまで、対応に悩むケースも少なくありません。
治療結果に対して不満がある
歯科医院で治療を受けた患者さんが、治療後の仕上がりや見た目に満足できず、返金を求めてくることがあります。
例えば、被せ物の色が思っていたものと違った、インプラント治療後に痛みや違和感が続いている、矯正治療で歯並びが希望通りにならなかったといった理由です。
患者は「高い費用を払ったのに期待した結果が得られなかった」と感じ、治療費の一部または全額を返してほしいと申し出てきます。
結果に対する評価は主観的な部分も大きいため、歯科医院側としては対応に悩むことも少なくありません。
説明不足を指摘される
治療を始める前に、治療内容やリスク、費用について十分な説明を受けていなかったと患者が感じた場合、返金を求められることがあります。
例えば、「こんなに痛みが出るとは聞いていなかった」「治療期間がこれほど長くなるとは知らされていなかった」「費用が追加で発生するなんて聞いていない」といった内容です。
治療に関する説明が不十分だったり、専門的な言葉ばかりで理解が難しいと、後になって「きちんと説明されていなかった」と不信感を抱くことにつながります。
また、口頭での説明だけで書面が残っていない場合、言った言わないの食い違いが起きやすく、トラブルに発展しやすくなります。
引っ越しや体調不良による治療中断
急な引っ越しや転勤、体調不良などの理由で治療を続けられなくなり、患者が支払い済みの治療費の返金を求めてくることがあります。
特に矯正治療やインプラント治療など、長期間にわたる治療の場合、生活環境の変化によって通院が難しくなることは珍しくありません。
患者としては「治療が終わっていないのに全額払ってしまった」「まだ受けていない治療分は返してもらえるはず」と考えるのは自然なことです。
一方で、歯科医院側としては、すでに使用した材料費や検査費用、治療に費やした時間などがあるため、全額を返金するのは難しいと感じることもあります。
返金請求を受けたときに取るべき対応
患者から治療費の返金を申し出られたときは、まず落ち着いて対応することが大切です。
初期の対応次第で、その後の話し合いがスムーズに進むかどうかが変わってきます。
患者の話を落ち着いて聞き取る
患者から返金の申し出があったときは、まず落ち着いて話を聞くことが大切です。
患者は不満や不安を抱えて来院しているため、感情的になっていることも少なくありません。
歯科医院側が焦って反論したり、すぐに「返金はできません」と答えたりすると、患者の不信感が強まり、トラブルが大きくなってしまうこともあります。
まずは患者が何に対して不満を感じているのか、どのような経緯で返金を求めるに至ったのかを丁寧に聞き取りましょう。
話を聞くときは、相手の言葉を遮らずに、うなずきながら最後まで耳を傾けることを意識しましょう。
患者の気持ちを受け止めることで、冷静な話し合いができる雰囲気を作ることができます。
やり取りの内容を記録しておく
患者さんとのやり取りは、出来るだけ詳しく記録に残しておきましょう。
具体的には、いつ、誰が、どのような内容を話したのか、患者がどんな理由で返金を求めているのか、医院側がどう対応したのかを記録します。
記録を残しておくことで、万が一、法的な問題に発展した場合にも、歯科医院側の対応を客観的に示すことができます。
また、院内のスタッフ間でも情報を共有しやすくなり、対応のブレを防ぐことにもつながります。
その場で判断せずに院内で確認する
患者から返金を求められたとき、その場ですぐに「返金します」「返金できません」と答えてしまうのは避けたほうが良いでしょう。
返金に応じるかどうかは、契約書の内容や治療の進み具合、医院側の対応に問題がなかったかなど、さまざまな要素を踏まえて判断する必要があります。
また、担当した歯科医師だけでなく、院長や事務スタッフ、場合によっては顧問弁護士とも相談したほうが安心です。
その場で即答してしまうと、後から方針を変えることが難しくなり、かえって患者さんとの信頼関係を損ねてしまいかねません。
患者さんには「まずは一度確認させてください」と伝えて、冷静に判断する時間を確保しましょう。
治療費の返金に応じるかどうかの判断基準

返金に応じるかどうかの判断は、契約内容や治療の進み具合など、さまざまな要素を総合的に考える必要があります。
主な判断のポイントを確認していきましょう。
契約書に返金の記載があるか
返金に応じるかどうかを判断するうえで、最初に確認すべきなのが契約書の内容です。
治療を始める前に患者さんと交わした契約書に、治療を中断した場合の返金についてどのように書かれているかが判断材料になります。
例えば、「治療開始後の返金は一切行わない」と明記されている場合と、「治療の進行度に応じて精算する」と書かれている場合では、対応が大きく変わってきます。
ただし、契約書に「返金無し」と書かれていても、患者さんに一方的に不利な内容であれば、消費者契約法によって無効とされる可能性もあります。
また、契約書が存在しない場合は、民法のルールに従って判断することになりますので、治療の進捗に応じて返金を検討する必要があります。
説明は十分に行われていたか
治療前に患者への説明が十分に行われていたかどうかも、返金に応じるかを判断するポイントです。
歯科医師には、治療内容やリスク、費用、治療期間などについて、患者さんが理解できるように説明する義務があります。
もしも説明が不十分だったり、専門的な言葉ばかりで患者が理解出来ていなかった場合、歯科医院側に落ち度があると判断されることがあります。
特に、治療のリスクや不具合について説明していなかった場合、患者さんから「聞いていなかった」と説明義務違反で訴えられる可能性があります。
また、口頭での説明だけでなく、書面での説明や同意書の取得があったかどうかも大切です。
治療はどこまで進んでいるか
返金の金額を考えるうえで、治療がどこまで進んでいるかを確認することも欠かせません。
例えば、検査や診断の段階で治療がほとんど進んでいない場合と、被せ物を装着して仕上げの段階に入っている場合では、返金できる金額が大きく変わってきます。
矯正治療であれば、装置を装着したばかりなのか、歯の移動が完了して保定期間に入っているのかによって、治療の進行度は異なります。
また、使用した材料費や検査費用、治療にかかった時間なども考慮に入れる必要があります。
歯医者側の対応に問題はなかったか
返金に応じるかどうかを判断する際には、医院側の対応に問題が無かったかを冷静に振り返ることも大切です。
例えば、治療中に患者からの質問や不安に対して丁寧に対応していたか、予約の変更や急な症状への対応がきちんと出来ていたか、治療の経過を適切に説明していたかなどを確認します。
もし、患者からの訴えや不調の訴えを軽く扱ってしまったり、対応が遅れたりしていた場合、医院側に落ち度があると判断されることがあります。
また、治療の技術面で問題がなかったか、記録がきちんと残されているかも焦点となります。
返金トラブルを未然に防ぐためのポイント
返金に関するトラブルを防ぐためには、治療を始める前の段階から意識しておきたいことがあります。
歯科医院全体で取り組める工夫をいくつかご紹介しますので、参考にしてみてください。
契約時に返金に関するルールを伝える
返金トラブルを防ぐためには、治療を始める前の契約時に、返金に関するルールを伝えるようにしましょう。
具体的には、治療を途中で止める場合にどのように費用を精算するのか、どの段階まで治療が進んでいればどれくらいの返金になるのかを、患者に分かりやすく説明します。
契約書に返金の条件を明記することは勿論ですが、書面を渡すだけでなく、口頭でも丁寧に説明する時間を取りましょう。
難しい言葉や専門用語はなるべく避けて、具体例を交えながら話すと理解してもらいやすくなります。
また、患者が「その場で契約しなければ」と焦らないように、一度持ち帰って考えてもらう提案をするのも良い方法です。
治療の節目ごとに同意を取る
治療を進めていく中で、節目ごとに患者さんから同意を取ることも、トラブルを防ぐために有効です。
例えば、検査結果をもとに治療方針を決めるとき、装置を装着するとき、治療が次の段階に移るときなど、重要なタイミングで説明と確認を行います。
患者に対して「今はこの段階まで進んでいます」「次はこういった治療に入ります」と伝えることで、治療の流れを理解してもらいやすくなります。
また、節目ごとに同意書を取得しておくと、後から「聞いていなかった」「説明がなかった」という行き違いを防ぐことができます。
スタッフ間で対応方針を共有する
返金に関するトラブルを防ぐには、医院内のスタッフ全員で対応方針を共有しておくことが欠かせません。
受付や歯科衛生士に質問したときに、担当医とは違う説明をしてしまうと、患者は混乱し、不信感を抱いてしまいます。
契約書の内容や返金の基準、患者さんへの伝え方のポイントなどを、スタッフ全員が理解しておくことが求められます。
定期的にミーティングを開いて、返金に関する方針や対応例を共有したり、実際に起きたケースをもとに話し合ったりするのも良い方法です。
また、患者さんとのやり取りをカルテやメモに記録しておくことで、誰が対応しても一貫した説明ができるようになります。
弁護士に相談できる体制を整える
返金トラブルが起きたときに備えて、普段から弁護士に相談できる体制を整えておくことが望ましいです。
契約書の内容が法的に問題ないか、患者への説明の仕方は適切か、返金の判断基準はどう考えるべきかなど、事前に弁護士のアドバイスを受けておくことで、トラブルを未然に防ぐことができます。
また、実際に患者から返金を求められたときも、早めに弁護士に相談することで、適切な対応方法を知ることで、自信を持って患者と向き合えるようになります。
また、顧問契約を結んでおけば、困ったときにすぐ相談できる安心感も大きな魅力です。
万が一、法的な問題に発展した場合にも、迅速に対応できる体制があることで、歯科医院としての信頼を守ることにもつながります。
まとめ
歯科医院が患者から返金を求められた際には、落ち着いて対応し、やり取りを記録に残し、院内で方針を確認することが重要です。
返金の判断は、契約書の内容、説明義務の履行状況、治療の進行度合い、医院側の対応の適切さなどを総合的に考慮する必要があります。
また、トラブルを未然に防ぐには、契約時に返金ルールをしっかり伝える、治療の節目で同意を取る、スタッフ全員で対応方針を共有する、弁護士に相談できる体制を整えるといった対策が有効です。
弁護士法人広尾有栖川法律事務所では、歯科医院の返金対応に関するご相談や、トラブル対応等のサポートを行っています。
患者との良好な関係を保ちながら適切に対応できるよう、困ったときはお気軽にご相談ください。










