クリニック開業で起きやすい雇用契約トラブルとは?予防策を弁護士が解説

五十嵐沙織弁護士
五十嵐沙織弁護士
(第一東京弁護士会)
この記事の監修者:
五十嵐 沙織(弁護士法人広尾有栖川法律事務所)
中央大学大学院法務研究科修了。freee株式会社にて企業内弁護士として東証マザーズ(現グロース)の上場を担当。現在弁護士法人広尾有栖川法律事務所を開業し、スタートアップ企業の伴走支援や、医療、人事労務に注力。弁護士のプロフィールはこちら

クリニック開業で分院展開や院長採用を検討する際、管理医師との雇用契約を巡ってトラブルが発生するケースが見受けられます。

雇用契約にすべきか業務委託にすべきか判断を誤ると、後から残業代請求や有給休暇の付与を求められるリスクがあります。

本記事では、クリニック開業で起きやすい雇用契約トラブル、雇用契約と業務委託の選び方、医師から請求される労働基準法上のリスク、開業のトラブルを防ぐ方法についてまとめています。

クリニック開業で起きやすいトラブルとは?

クリニック開業で起きやすいトラブルとは?

クリニック開業では、雇用契約に関連したトラブルが起きやすくなっています。

よくあるケースを見ていきましょう。

管理医師との契約で揉める

分院展開や初めての院長採用を検討する際、管理医師との契約方法で悩む経営者は実際に数多くいらっしゃいます。

雇用契約にするか業務委託にするかの判断を誤ると、後から労働基準法上の問題が発生したり、想定外の費用負担を求められたりします。

また、医師側との認識のズレから、契約後に「話が違う」と主張されて関係が悪化するケースもあります。

勤務条件や報酬額だけでなく、労働時間の管理方法、休日の取り扱い、診療責任の範囲なども含めて明確に合意しておかないと、開業後にトラブルへと発展する可能性も否めません。

契約書を作らずに雇用する

知人の医師を院長として迎える場合や、以前から信頼関係がある医師を雇う場合、口頭だけで契約を済ませてしまう経営者もいます。

報酬額や勤務日数について話し合いで決めたつもりでも、契約書などの客観的な証拠がなければ、後から条件を証明できません。

勤務開始後に医師から「残業代の支払い」や「有給休暇の取得」を求められたとき、当初の合意内容を証明する書面等がないと、経営者側の主張が通りにくくなります。

さらに、医師との関係が悪化して退職に至った場合、契約内容を巡って争いが生じるリスクもあります。そのため、信頼関係があっても、契約書の作成は必要です。

雇用形態が曖昧なまま進めてしまう

管理医師を雇う際、雇用契約と業務委託の区別を理解しないまま契約を結んでしまうケースもあります。

例えば、報酬を「月額固定」で支払い、勤務時間や勤務日を指定しているのに、契約書上は「業務委託」としている場合です。

実態としては雇用契約とみなされる可能性が高く、医師から残業代の支払いや社会保険の加入を求められたときに対応が必要となる場合があります。

また、税務署や労働基準監督署の調査が入った際、雇用契約として扱われて追加の社会保険料や税金を請求されることもあります。

雇用契約と業務委託の選び方

雇用契約と業務委託では、法的な扱いが大きく異なります。

それぞれの特徴を確認していきましょう。

雇用契約と業務委託の違いを理解する

雇用契約と業務委託は、法律上の扱いが全く異なります。雇用契約では、クリニック側が医師に対して指揮命令を行い、勤務時間や勤務場所を指定して働いてもらいます。

この場合、クリニックは雇用主として、労働基準法や社会保険法などの労働法規を守る義務を負います。

一方、業務委託は、医師が独立した立場で業務を請け負う契約です。クリニック側は医師に対して指揮命令を行わず、成果物や業務の結果に対して報酬を支払います。

主な違いを整理すると、以下のようになります。

項目雇用契約業務委託
指揮命令あり(勤務時間・場所を指定)なし(医師が独立して業務遂行)
残業代支払い義務あり支払い義務なし
有給休暇付与義務あり付与義務なし
社会保険加入義務あり加入義務なし
労働基準法の適用適用される適用されない

どちらの契約形態を選ぶかによって、クリニック側の義務や費用負担が大きく変わってきます。契約形態の違いを正しく理解しておくことが、トラブル回避につながるでしょう。

雇用契約を選ぶべき状況

クリニックの経営者が管理医師に対して、勤務時間や勤務日を指定し、診療方針や業務内容を具体的に指示する場合には、雇用契約を選ぶべきです。

毎月固定の給与を支払い、クリニックの一員として継続的に勤務してもらう予定であれば、雇用契約が適しています。

雇用契約を結ぶと、労働基準法に基づいて残業代の支払いや有給休暇の付与が必要になりますが、医師との雇用関係が明確になり、経営者としても管理がしやすくなります。

業務委託を選ぶべき状況

業務委託は、医師が独立した立場で、業務遂行を行う場合に適しています。

例えば、理事長や院長などの管理監督者としての権限を与える場合や週に数日だけ診療を依頼する場合などです。

また、医師が複数のクリニックで勤務していて、勤務時間や勤務場所を自由に調整できる状況であれば、業務委託契約が選択肢になります。

ただし、実態として勤務時間を指定していたり、診療内容を細かく指示していたりする場合には、業務委託ではなく雇用契約とみなされるリスクがあります。

契約書に「業務委託」と記載しても、実態が雇用であれば、労働基準法が適用される点に注意が必要です。

医師から請求される労働基準法上のリスク

医師から請求される労働基準法上のリスク

雇用契約で医師を雇った場合、労働基準法に基づく義務が発生します。

具体的なリスクを見ていきましょう。

残業代の未払いを請求される

雇用契約で医師を雇った場合、労働基準法が適用され、1日8時間・週40時間を超える労働には割増賃金の支払いが必要になります。

クリニックの経営者の中には、医師は管理職だから残業代を支払わなくて良いと誤解している方もいますが、労働基準法上の「管理監督者」に該当しなければ、残業代の支払い義務があります。

管理監督者とは、経営者と一体的な立場で、労働時間の裁量があり、地位にふさわしい待遇を受けている者を指します。分院の管理医師であっても、勤務時間が決まっていたり、シフト管理されていたりする場合には、管理監督者には該当せず、残業代の請求対象になります。

有給休暇の付与を求められる

雇用契約で6ヶ月以上継続して勤務し、全労働日の8割以上出勤した医師には、法律上、有給休暇を付与する義務があります。

正社員だけでなく、パートタイムで勤務する医師にも適用されます。有給休暇の日数は、勤務開始から6ヶ月で10日、その後は勤続年数に応じて増えていきます。

また、年10日以上の有給休暇が付与される医師には、年5日以上の有給休暇を取得させる義務もあります。

クリニック側が有給休暇の取得を認めなかった場合、労働基準法違反として罰則を受けるリスクがあります。

医師から有給休暇の取得を求められたときに対応できる体制を整えておく必要があります。

労働時間の管理義務がある

雇用契約で医師を雇う場合、クリニック側には労働時間を正確に把握し、記録する義務があります。

労働時間とは、始業時刻から終業時刻までの時間から休憩時間を除いた時間を指し、タイムカードや出勤簿などで管理する必要があります。

労働時間の記録がないと、医師から残業代を請求されたときに、実際の労働時間を反論できません。

さらに、過重労働によって医師が健康を害した場合、クリニック側が安全配慮義務違反を問われる可能性もあります。

クリニックの開業でトラブルを防ぐ方法

管理医師との契約トラブルを防ぐには、いくつかの対策があります。

基本的な方法を見ていきましょう。

雇用契約書を作成する

管理医師を雇う際には、必ず雇用契約書を作成しましょう。

雇用契約書には、雇用形態、勤務時間、勤務日、報酬額、残業代の有無、有給休暇の取り扱い、社会保険の加入、退職に関する条件などを具体的に記載します。

契約書を作成することで、医師との間で合意した内容が明確になり、後から「聞いていない」と言われるリスクを減らせます。

また、労働基準監督署の調査や、医師との紛争が発生した際にも、契約書が証拠として役立ちます。

契約書の作成は手間がかかりますが、トラブルを未然に防ぐための投資と考え、必ず書面で契約を交わすようにしてください。

労働条件を書面で交付する

雇用契約を結ぶ際、労働基準法では、使用者が労働者に対して労働条件を書面で交付することが義務付けられています。

労働条件通知書には、契約期間、勤務場所、業務内容、始業・終業時刻、休憩時間、休日、賃金、退職に関する事項などを記載する必要があります。

管理医師を雇う場合も、労働条件通知書の交付が必要です。労働条件通知書を交付しなかった場合、労働基準法違反として罰則を受けるリスクがあります。

また、医師とのトラブルが発生した際、労働条件を書面で示していないと、クリニック側の主張が通りにくくなります。雇用契約書とあわせて、労働条件通知書も必ず交付しましょう。

弁護士にチェックしてもらう

雇用契約書や業務委託契約書を作成する際には、弁護士にチェックしてもらうことをおすすめします。

インターネット上には契約書のひな形が数多く公開されていますが、クリニックの状況や医師との合意内容に合わせてカスタマイズする必要があります。

また、労働基準法や社会保険法などの法律は改正されることもあるため、最新の法令に対応した契約書を作成することが大切です。

弁護士に依頼すれば、法的なリスクを事前に指摘してもらえるほか、将来的なトラブルを防ぐための条項を盛り込むこともできます。

契約書の作成費用はかかりますが、後から紛争になるコストと比べれば、予防的な投資として有効です。

まとめ

クリニック開業では、管理医師との契約を巡るトラブルが実際に発生しています。

弁護士法人広尾有栖川法律事務所では、クリニックの雇用契約書作成や契約内容のリーガルチェックに対応しています。

医療法務に詳しい弁護士が、クリニックの状況に合わせた契約書の作成を行い、トラブルを未然に防ぐためのサポートをいたします。

雇用契約に関するお悩みがある場合には、お気軽にご相談ください。

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