(第一東京弁護士会)
五十嵐 沙織(弁護士法人広尾有栖川法律事務所)
医療現場では、スタッフがうつ病などのメンタルヘルスの不調を抱えるケースは少なくありません。
院長や経営者として適切な対応を取らない場合、スタッフの症状悪化だけでなく、安全配慮義務違反として法的責任を問われるリスクもあります。
本記事では、うつ病を抱えるスタッフの兆候、院長・経営者が取るべき行動と避けるべき行動、解雇や退職勧奨の法的な考え方、トラブルを未然に防ぐための取り組みについて解説しています。
目次
うつ病を抱える社員の兆候とは

うつ病の兆候は、業務や行動の変化として現れることがあります。
それぞれ詳しく見ていきましょう。
業務上のパフォーマンスの低下
うつ病の兆候のひとつに、業務上のパフォーマンスの低下があります。
以前はミスが少なかったスタッフが、カルテの記載漏れ、薬の調剤ミス、患者対応の誤りなどを繰り返すようになった場合は注意が必要です。
集中力や判断力が低下することで、これまで問題なくこなせていた業務に時間がかかるようになったり、指示の内容を理解できなくなったりすることもあります。
業務上のミスが急増した場合には、単なる不注意と片付けずに、スタッフと面談を実施するなどしてコミュニケーションを取るようにしましょう。
身体的な症状の変化
身体的な症状の変化も、うつ病の兆候として現れることがあります。
不眠や過眠、食欲の低下や増加、体重の変化などが代表的なサインです。
また、頭痛や胃痛、倦怠感など、身体的な不調を頻繁に訴えるようになるケースもあります。
クリニックのスタッフは患者対応や処置など体力を使う業務が多いため、体調不良が業務に影響しやすい環境といえます。 症状が数週間にわたって続いている場合には、産業医や専門医への受診を検討するよう、スタッフに声をかけることが望ましいです。
社内での孤立傾向
職場での孤立傾向も、うつ病のサインとして現れることがあります。
以前は同僚と積極的にコミュニケーションをとっていたスタッフが、突然会話を避けるようになったり、スタッフミーティングで発言しなくなったりする場合は注意が必要です。
クリニックでは、医師・看護師・受付スタッフなどがチームで連携して業務を進めるため、孤立傾向が強まると診療体制にも支障をきたします。
スタッフの様子が変わったと感じたときには、プライバシーに配慮しながら、個別に声をかけて状況を確認するようにしましょう。
遅刻や欠勤の増加
遅刻や欠勤の増加も、うつ病の兆候として見られます。
特に、事前連絡のない欠勤や急な早退が続く場合には、精神的・身体的な不調が背景にある可能性があります。
クリニックでは、スタッフの急な欠勤が診療体制に直接影響するため、欠員が出た際の対応を迫られることもあります。
しかし、欠勤が続くスタッフに対して、業務への影響だけを理由に強く叱責することは避けるべきです。
遅刻や欠勤のパターンに変化が生じた場合には、早めに状況を把握し、必要であれば専門医への受診を促すことを検討しましょう。
うつ病など精神疾患を抱えたスタッフがいる場合に院長・経営者が取るべき行動とは
スタッフのうつ病が疑われる場合には、段階的な対応が必要です。
具体的な流れを確認していきましょう。
医師の診察を勧める
うつ病が疑われるスタッフには、早めに医師の診察を受けるよう促すことが必要です。
産業医を選任しているクリニックでは、まず産業医面談を勧めるのが適切な対応です。
産業医がいない場合には、かかりつけ医や精神科・心療内科への受診を案内しましょう。
受診を促す際には、「業務に支障が出ているから」といった業務上の理由だけでなく、スタッフの健康を気遣う姿勢で声をかけることが大切です。
受診を強制することは避け、スタッフが自分の意思で受診を決められるよう配慮しながら対応しましょう。
医師の診断書に基づく対応
スタッフから「就労困難」や「休職相当」と記載された医師の診断書が提出された場合には、速やかに休職手続きを進める必要があります。
診断書の内容をもとに、休職期間や就業上の配慮事項を確認し、就業規則の定めに従って対応を進めましょう。
産業医が在籍している場合には、産業医の意見も踏まえたうえで判断することが望ましいです。
診断書が提出されているにもかかわらず通常業務を継続させると、症状が悪化した場合にクリニック側が安全配慮義務違反を問われるリスクがあります。
休職制度の説明
休職に入る前には、労務担当者またはクリニックの管理者がスタッフと面談を行い、休職制度について丁寧に説明するようにしましょう。
休職期間の長さ、休職中の給与の取り扱い、傷病手当金の申請方法、復職の流れなどを具体的に伝えることで、スタッフが安心して休職に入れるよう配慮してください。
休職中の連絡方法や頻度についても、事前に取り決めておくことが望ましいです。
スタッフが「休むことへの罪悪感」を感じないよう、制度として保障されていることを丁寧に説明することが、円滑な休職への移行につながります。
労働環境の改善
スタッフがうつ病を発症した背景に、クリニックの労働環境が関係している可能性があります。
長時間労働、過剰な業務負担、院内でのハラスメント、人間関係のトラブルなどが原因になっているケースもあるため、スタッフの状況を把握したうえで職場環境を点検することが必要です。
問題が確認された場合には、シフトの見直しや業務分担の調整、ハラスメントへの対処など、改善策を速やかに講じましょう。
労働環境の改善は、症状を抱えるスタッフの回復を後押しするだけでなく、他のスタッフのメンタルヘルス維持にもつながります。
継続的なサポート
休職中および復職後も、スタッフに対して継続的なサポートを行うことが求められます。
休職中は、定期的に状況を確認し、孤立感を与えないよう配慮しながら連絡を取りましょう。
復職の際には、いきなり通常業務に戻すのではなく、リハビリ勤務を経るなど無理なく復職ができるように復職計画を立てることが望ましいです。
復職後も定期的な面談を実施し、スタッフの精神的な安定を継続的に支援することが必要です。
クリニックとして「いつでも相談できる」という環境を整えておくことが、再発防止と長期的な就労継続につながります。
うつ病など精神疾患を抱えたスタッフがいる場合に院長・経営者が避けるべき行動とは
スタッフがうつ病などの精神疾患を抱えている場合、対応を誤るとクリニック側が法的責任を問われるリスクがあります。
まず、主治医から休業が必要と診断されているにもかかわらず、通常業務を継続させることは避けなければなりません。
診断書が提出されたにもかかわらず、何らの対応も取らずに症状が悪化した場合、クリニック側の安全配慮義務違反として損害賠償請求の対象になる可能性があります。
過重労働が原因であれば、労働基準監督署からの指導や是正勧告、さらには刑事告発のリスクも伴います。
また、うつ病による業務効率の低下や遅刻・欠勤を理由に、解雇や退職勧奨を行うことも避けるべきです。
こうした対応は法的紛争に発展するだけでなく、クリニックの評判低下にもつながります。
スタッフがうつ病になるのを未然に防ぐための取り組み

スタッフのメンタルヘルスを守るためには、日頃からの予防策が大切です。
具体的な取り組みを確認していきましょう。
定期的なストレスチェックの実施
常時50人以上の労働者を使用する事業場では、年1回のストレスチェックが法律上義務付けられています。
50人未満のクリニックでは義務ではありませんが、スタッフのメンタル状態を把握するために、定期的にストレスチェックを実施することが望ましいです。
チェックの結果、高ストレスと判定されたスタッフに対しては、産業医や専門医との面談を設定し、早期に対応することが大切です。
ストレスチェックはスタッフのメンタル不調を早期に発見するためのツールとして、クリニックでも積極的に活用することをおすすめします。
健康的な職場環境の整備
スタッフが健康的に働ける職場環境を整えることも、うつ病予防に有効な取り組みです。
適切な業務量の配分、休憩時間の確保、院内の人間関係の見直しなど、日常的な職場環境の改善が求められます。
また、スタッフが気軽に悩みを相談できる窓口を設けることで、問題が深刻化する前に対処できる体制を整えることができます。
クリニックでは少人数のチームで業務を回すことが多いため、特定のスタッフに負担が集中しないよう、業務分担を定期的に見直すことも予防策として効果的です。
スタッフの健康意識を高める教育と研修
スタッフの健康意識を高めるための教育や研修を定期的に実施することも、うつ病予防につながります。
睡眠の質を高める方法、適度な運動習慣、栄養バランスのとれた食事など、日常生活での健康管理について学ぶ機会を提供することが有効です。
医療現場で働くスタッフは、患者の健康管理に携わる一方で、自身の健康管理が後回しになりがちです。
クリニックとして、ノー残業デーの設定や有給休暇の取得促進など、スタッフが休養を取りやすい環境を整えることで、メンタルヘルスの不調を未然に防ぐ取り組みを進めましょう。
うつ病を理由にスタッフを解雇することは可能か
うつ病を理由にスタッフを解雇することは、基本的には難しいと考えておく必要があります。
業務上の理由でうつ病を発症した場合には、休業期間およびその後30日間の解雇が禁止されています(労働基準法19条)。
業務外の理由による場合でも、労働契約法16条により、合理的な理由のない解雇は無効とされています。
また、休職期間中の解雇は難しく、期間満了後の解雇については就業規則の定めが必要です。解雇を検討する際には、事前に弁護士へ相談することをおすすめします。
退職勧奨でスタッフを解雇することは可能か
退職勧奨とは、クリニック側が特定のスタッフに対して退職を促す行為です。「クリニックを辞めたほうがよいのではないか」と伝え、自発的に退職を決意するよう説得する活動を指します。
一方的な解雇とは異なり、スタッフが自由意思に基づいて退職を決定することが前提であるため、基本的には適法に行うことができます。ただし、実施にあたっては慎重な対応が求められます。
退職勧奨の際に、スタッフに対して不当な心理的圧力をかけたり、名誉を傷つけるような言動をとることは違法となります。不当な退職勧奨は不法行為とみなされることがあります(東京地裁平成23年12月28日判決)。
また、執拗に退職を迫る行為によって精神的苦痛を与えたとして、慰謝料請求が認められた事例もあります(京都地裁平成26年2月27日判決)。
退職勧奨を行う際には、スタッフの自由な意思決定を妨げないよう十分に配慮しながら、慎重に進める必要があります。
うつ病を抱えるスタッフの問題解決には弁護士への相談をおすすめします
クリニックでは、うつ病などのメンタルヘルス不調を抱えるスタッフへの対応に悩む院長や経営者も多くいらっしゃいます。
スタッフの生命や健康を守る義務がある一方で、メンタルヘルスの問題は判断が難しく、再発のリスクも高いため、対応に迷うことも少なくありません。
対応を誤ると、スタッフから損害賠償請求を受けたり、クリニックの評判低下につながるリスクもあります。
まずは専門医による診断を受けてもらうことが必要です。診断結果をもとに、業務の軽減や配置転換、休職などの対応を検討します。休職中のスタッフとの連絡も怠らず、定期的に状況を確認することが大切です。
こうした対応を適切に進めるためには、労務問題に詳しい弁護士のサポートを受けることがおすすめです。
クリニックの実情に即した対応を弁護士と一緒に検討することで、リスクを最小限に抑えることができます。
まとめ|弁護士法人広尾有栖川法律事務所について
スタッフがうつ病などの精神疾患を抱えた場合、院長や経営者は早期発見と適切な対応が求められます。
日頃からスタッフの兆候を見逃さず、医師の受診を促し、診断書に基づいた休職対応や労働環境の改善を進めることが大切です。
弁護士法人広尾有栖川法律事務所では、クリニックや医療機関の労務問題に関する豊富な経験と専門知識を持つ弁護士が、的確なアドバイスとサポートを提供しています。
クリニックの実情を丁寧に把握したうえで、問題解決のための最善の方法をご提案します。
院長やスタッフが安心して業務を続けられるよう、伴走しながら、クリニック経営の安定に貢献できるよう努めてまいります。
うつ病を抱えるスタッフへの対応でお困りの際には、お気軽にご相談ください。






